こんにちは、いまちです。
前回の話をまとめます。元々地域は「お金」中心の生活ではなかったはずなのに、現代日本は資本主義社会だから、「お金」が大事。だから地域でも「お金」を得る手段を模索している(例えば特産品を作る)のではないでしょうか、ということを言いました。
ここから、だから資本主義はダメなんだ!という議論をしてもいいのですが、そういうのは専門家に任せます。私は私の思いつきを、そこはかとなく書くだけです。
ですので、今回のテーマは少し変えて、「やっぱり生まれる特産品」。
地域で、都市部と同じようなビジネスを成り立たせることは難しいと考えます。(できないとは言いません。成功例も沢山知っています。)
ただ、上手くいかない「とりあえず」的な商品、ビジネスも結構ある。
上手くいっていないので、ビジネスと言うのも不適切かもしれない。
そういったものはその地域に対する「情」で成り立ってるんじゃないかなって思うようになりました。
ここでやっとシャクナゲ祭りの話しを出すのですが(遅い)、ああいったイベントも開催する側と来場者、つまりその土地に関わる人たちの「情」がその土地から離れていないからずっと続いているのだと思うのです。
だから、どんなに売れなくても利潤追求の資本主義経済的には無意味な特産品や地域のイベント(祭り、風習といった方が分かりやすいかもしれない)は、それに関わる人間たちがいる以上(どんな形であるかの問題はあります)残り続けるのだと思います。
▲シャクナゲ祭り。豊年踊りに参加する後輩ちゃんたち。
今回で一旦一区切りの予定です。
次からはまた毛色を変えて書こうと思います。
見切り発車のため、変わらないかもしれません(笑)
一先ず、今のところ私の「地域づくり」論の根幹にピッタリくるのは、
人を動かすのは理屈じゃない、情である。
っていう言葉かなって思います。
この言葉、泉谷の棚田に向かうグネグネ道の途中で串部さんが言ってたのです!!
偉大な大人が、いまちの周りにはいますね(^^)
有り難いことです。
それではまた次回…
▲シャクナゲ祭り。4回生組の「赤牛」。